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『home』— 帰る場所をめぐる静かな愛の物語

この作品は、一見静かで穏やかな風景の中に、言葉にならない思いと過去の距離をそっと映し出す作品です。タイトルの「home(家・故郷・帰る場所)」が意味するものは単に物理的な家屋ではなく、心が落ち着き、愛情や記憶と結びつく“場所”です。そのテーマ性が、読む者の心に長く残る魅力を与えています。


あらすじと構成

表題作「home」では、小説家である 寺尾 辰巳 と、彼の家の庭にかつて現れた少年 澄晴 という二人の静かな再会が中心に描かれます。辰巳は孤独を好み、人とのつながりを避けながら日々を過ごしてきました。しかし、過去に澄晴が彼の元を訪れてから、その存在は辰巳の心に淡く灯りをともします。

物語は、澄晴が成長して再び辰巳のもとへ現れるという時間の跳躍を経て、二人が距離を取りながら、しかし確実に近づいていく過程を丁寧に描きます。離れていた時間、言葉にできなかった感情、すれ違いと理解。そうした要素が静かな波紋のように広がっていきます。

この本には、他に 『せまいせかいに』『ENDLESS WELCOME BACK』 といった短編も収められており、それぞれ異なるトーンや感情を持つ作品が揃えられています。それらがまた、表題作との重なりも響きも持ち、作品集として豊かな表情を見せています。


登場人物とその関係性

  • 寺尾 辰巳:成熟した大人であり、どこか冷めた部分を持つ小説家。感情を外に出すことを抑え、自らの世界に閉じこもろうとする性格。

  • 澄晴:かつて子どもとして辰巳と交わった存在。成熟して青年になる過程で、無垢さと内なる思いを抱えながら成長している。

この年の差、時間差、心の距離感が、二人の関係を緩やかに、しかし確実に動かしていく軸になっています。辰巳の無口な抑制と、澄晴の純粋な情熱。それらが交錯するとき、物語は静謐な緊張感を生み出します。

また、収録短編には、幼馴染関係や対照的な性格の揺れ動きなど、別の愛のかたちが描かれ、それぞれが異なる感情の響きを与えています。


作風・雰囲気・表現の魅力

この作品の魅力のひとつは、**“間”**や 余白 の使い方です。日常の風景、沈黙、触れ合う時間、見つめ合う視線といった繊細な瞬間が、セリフ以上に多くを語ります。画面の余白、背景の暗さ、キャラクターの表情の微妙な揺れが、読む者に余韻を残します。

言葉を抑えることでわかること、沈黙が語ること。そうした表現を大切にしており、文字やセリフだけで説明しない、感覚で伝える恋の物語です。

また、同時収録の短編作品は、時に陰の面、苦悩、複雑さを持つ人間関係を扱い、作品全体に風味の変化を加えています。これにより、読後に「愛」や「関係」の多面性を考えさせられる余地が広がります。


強く響くテーマとメッセージ

この作品が伝えるテーマは、「帰る場所」「再会」「時の隔たり」「受け入れと理解」です。小説家である辰巳が、澄晴を通してかつての一片の記憶や孤独を見つめ直す。読む者は、過ぎ去った時間や言葉にしなかった思いを思い起こし、静かに胸が熱くなる体験を得られます。

また、同時収録作品たちとの対比が、「完璧な愛」ではなく「揺れる関係」のリアルさを際立たせており、作品全体に深みを与えています。


読みどころ・注意点

  • 物語が大きな事件によって動くというより、ゆるやかな心の変化と積み重ねによって進む作品なので、派手な展開を期待すると落胆するかもしれません。

  • 年の差という設定や一部短編で扱われるテーマ(葛藤、過ちなど)は、好みが分かれる部分もあります。

  • しかし、その静かな情感と余白の美しさ、登場人物の機微を丁寧に扱う筆致には、好きな人には深く刺さる魅力があります。


総括

『home (ビーボーイコミックスDX)』は、穏やかな風景と静かな感情の間で、読者の心をそっと揺らす作品です。表題作「home」が優しく温かな時間を紡ぎ出す一方、収録短編たちは愛の多様性と揺らぎを見せてくれます。そのバランスがこの一冊をより豊かにしています。

言葉を超えた思い、過ぎ去った時間、そして再び繋がろうとする心。こうした要素を静かに丁寧に描き出す本作は、心の奥にそっと残る余韻を持つ作品です。本好き、BL作品好き、静かな恋物語を求める方にこそ、ゆっくり味わってほしい一冊です。

By Yoha